2006年09月25日

法隆寺(ほうりゅうじ)

聖徳太子 斑鳩町法隆寺(近鉄筒井駅からバス10分法隆寺前下車)
世界最古の木造建築・法隆寺。推古15年(607)、推古天皇と聖徳太子が先帝・用明天皇の遺願を継いで創建したものと伝えられています。
 約14.5万平方メートルの広大な寺域に建ち並ぶ伽藍は現在50余棟、東西両院に分かれています。西院が通常・法隆寺と呼ばれる地域で、金堂や五重塔、大講堂などがこの地域の中に含まれています。東院は、聖徳太子の斑鳩宮があった所で、太子の子・山背大兄(やましろのおおえ)王はじめ一族が滅亡し・宮も焼失・荒廃していたのを天平11年(739)、行信僧都の発願で造営されたものです。夢殿があるのはこの東院側です。
 西院・東院の数多い建物の中に収められている仏教美術品はおびただしく、飛鳥時代の仏像など、国宝だけでも135点、重要文化財を含めると1870点にも及ぶといわれます。
 では、なぜ五重塔は約1300年もの長い年月、地震に耐えてこれたのでしょうか?

その理由とは、「積み上げ構造」という建築方法であるとされています。つまり五重塔を建てる場合、各重ごとに軸部や軒を組み上げ、それらを鉛筆のキャップを重ねるように順々に積み上げてあるのです。それぞれの部材は主に木材同士の特殊な切り組み方法によって接合されていて、堅固に結合していないため「柔構造」になります。「柔構造」の塔は、コンクリート造りの一体化した「剛構造」と違って、地震が起きても各重が互い違いに振動して「揺れ」を吸収します。また多くの塔の内部に立っている「心柱」は、こうした振動を減衰させる「かんぬき」のような働きをするといわれています。さらに各重の柱が長さの割に太いことや、組物がしっかり組まれ水平に変形しないことも地震に強い要因とされています。

五重塔に見られるような、建物の揺れの効用を認め、その揺れによって地震力を吸収させる「柔構造」の理論は、近年、日本はもちろん世界の超高層建築に採用されています。伝統的な木造建築の知恵が最先端の建築技術に生かされているのです。


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ラベル:法隆寺
posted by 管理人 at 15:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 寺院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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